選択の結果に効用を結びつける方法には3つある.
(図2.1) 効用関数
(図2.2) 属性階層構造
さて今,各々の選択肢の効用と選択肢の直接の属性(樹状図の根元とそこから
直接出ている枝の先で表わされる属性)のみに着目したとき,これらの属性ごと
の効用を一個の選択肢そのもののもたらす全体的な効用に合成する手続きが必要
になる.多属性効用理論では,このような総合的効用,すなわち選択肢の値うち
ともいうべきものは,属性ごとの効用値に適当な重みづけをして,全ての属性に
ついて加えあわせた和に等しいと規定している.この規則は効用加算ルールと呼
ばれ,意思決定規則のひとつの例である.もしも意思決定者が多属性効用理論の
前提とするいくつかの公理を受け入れるのなら,彼は最大の総合的効用値をもつ
選択肢を選ぶべきだ,というのが規範的理論としての多属性効用理論の主張であ
る.
多属性効用理論の効用加算ルールを使ってよいかどうかを決めるために必要な
条件のひとつとして,属性と属性の間には独立性が保たれていなくてはならない
ということがある.弱い条件つき効用独立性(weak conditional utility
independence: WCUI) の条件とは,どの属性の値に結びついた効用をとってみて
も,他のすべての属性の値と独立でなくてはならないというものである(Raiffa,
1969).例えば住宅をさがしている意思決定者の場合,部屋の数に結びついた望
ましさの程度の値が,庭の大きさが変わるとそれに応じて変わってしまったので
は困るということである.現実にはこうした非独立性は頻繁にみられることで,
属性を定義し直すなどの対策を講じない限り,互いに関連した属性の値を加え合
わせたために,それが過大評価されてしまうというような望ましくない事態が生
ずる恐れがある.
これは記述的理論の典型的な問いである.この問いにはいくつかの答えかたが
あるが,まずもとの問いを多属性効用理論の勧める選択は意思決定者にとって直
観的に納得できるのかと言い替えてみよう.むろん本来規範的な理論である多属
性効用理論によって導かれた選択が,人間の行動をいつも忠実に記述する必要は
ない.むしろそうでない点に規範的理論の存在価値があるともいえるだろう.わ
ざわざ理論に基づいて決定を行なうのは,直観にのみ頼る決定は,意思決定者自
身がもっている選択の原則に矛盾する可能性もあるからなのではないか.しかし,
人間はしばしば直観的な決定に頼っており,それでおおむねうまくやっているこ
とも事実である.そうしてみると,多属性効用理論の勧める選択が直観的に全く
納得しがたいものであっても都合が悪い.ここでいう「直観的」とは全体論的と
呼ばれる判断のモードにほぼ等しい.すなわち,分析でない,規範的な理論から
導出されたわけでない,意思決定者の主観的な選択肢の評価・比較による選好の
順位づけを直観的な決定といってよいだろう.ひとつの選択肢を属性に分析する
ことなく全体としてとらえるので全体的というわけである.
(b)属性の数が多い場合
属性の数が6つをこえているときはどうだろう.ある選択肢が属性1におい
てはたいへん優れているが,属性2においてはそれほど望ましくないという
ように,もし効用加算ルールを使うとすると属性の間に複雑な良しあしの補
償関係を考えなくてはならない場合,トヴェルスキー(Tversky,1972)は,む
しろ「属性値による排除」 (EBA: elimination by aspects)と呼ぶモデルが
人間の行動をよく記述すると主張した.このモデルでは,意思決定者は効用
加算モデルのように全ての属性を同時に計算にいれるのではなく,ひとつの
ひとつの属性の値(あるいは側面といってもよい)を,その属性が自分にと
って重要である順番に,検討して行くものと考える.より厳密には,その重
要性に比例する確率で属性を検討の対象としてとりあげる,というべきだが,
話を簡単にするために重要性の順番に検討するとしておいてもよいだろう.
眼鏡の購入に際して価格が最も重要な側面であり,最高3万円までしか予算
がないのなら,この値を超えるものは,ほかの属性における値はどうあれ考
慮の対象から排除せざるを得ない.こうして残ったものの中から,次に重要
な属性において,意思決定者の要求をみたさないものを排除する.この手続
きを繰り返していって最後に残ったものに決めるというわけである.
人間の行動を記述するといっても,このモデルは単に研究者の理解を表現
するのではなく,意思決定者自身が意識的にせよ無意識的にせよこのような
ヒューリスティックを利用しているとする.その上で,このヒューリスティ
ックが非最適 (subーoptimal)な結果に導くとしても,この難点は認知的な負
荷の軽減によって充分に補償されるというのである.ところで,決定の結果
だけではなく,その過程を観察しても属性値による排除モデルは支持される
だろうか.最近では決定過程追跡 (process tracing)というアプローチを使
って,意思決定の最終的な結果よりもそれらが実現される「過程」を記述す
ることに重点をおく研究が現われている.過程追跡は特定の実験や観察の技
法をさすものではないが,眼球運動データの利用や,思考発話法
("think aloud" technique)によってえられたプロトコルの分析などは,代
表的な方法である(Wright, 1984, pp.113-115; Svenson, 1979) .ラッソら
(Russo & Rosen,1975)は,眼球の運動を正確に記録する装置を使って,多属
性表現による選択肢の間での選択の際に用いられる意思決定規則を探ろうと
した.彼らのえた結果は,被験者はひとつひとつの属性の上で選択肢の対ご
とに優劣の比較を行なう傾向があるというものだった.この結果はもちろん
効用加算ルールよりは属性値による排除ルールの方に分がよい.ただし被験
者が選択肢対を取り上げた順序は,そのままでは属性値による排除のプロセ
スとは一致しなかったようである.
ある属性の上での低い評価を別のある属性の上での高い評価が補って,こ
れらを総合した評価というものが考えられる場合,この2つの属性の間には
補償関係があるという.属性の間に補償関係をみとめない意思決定規則は,
非補償型のルールと呼ばれている.ある選択肢がどれかの属性の上で成績が
悪い場合,非補償型のルールは,他の属性におけるその選択肢の望ましさに
よってそれを帳消しにしたり,いくらかでも補償することを許さない.これ
に対して効用加算ルールなど補償型のルールでは,いくつかの属性を同時に
考慮にいれて個々の属性の望ましさを融合することをみとめる.
ペイン(Payne,1976)は,被験者が決定に必要な情報を探索するしかたとプ
ロトコルの分析を使って,選択肢が2つと少ないときには補償型のルールを
思わせる方略が使われるが,その数が多くなると,限られた情報検索にもと
づいて,なるべくはやく考慮すべき選択肢の数を減らしてしまうような方略
が適用されることを見いだした.
いくつかの意思決定規則を意思決定者に提示してその適用の可能性,すな
わち,与えられた決定事態においてその規則を適用することが,どの程度適
切でまた意味があるかを評定してもらうような試みも行なわれており,実際
に被験者がどのルールを使うかという行動の観察とこの評定は整合している
ようである(Adelbratt & Montgomery, 1980).
実は多属性表現の選択肢からの選択を説明する意思決定規則は,効用加算
ルールや属性値による排除ルールのほかにもいくつも提案されている
(表2.2).ここで意思決定規則の質的な側面について検討し,モントゴ
メリの優越構造探索モデルによって,それぞれのルールがどう互いに関連づ
けられるかを考えてみたい.その前にまず,表2.2にあげたルールを説明
しておこう.
タイプ | ルール名 |
---|---|
非補償型 |
優越性ルール 連言ルール 選言ルール 辞書的ルール 属性値による排除ルール |
補償型 |
勝率最大化ルール 効用加算ルール 効用差加算ルール PS利用ルール |
選択肢を対にして比べたとき,一方が少なくともひとつの属性において他
方より望ましく,その他のすべての属性において同等に望ましいかそれ以上
であるなら,この少なくともひとつの属性において優れている選択肢は,他
方に対して優越しているという.優越性ルール(dominance rule)は,選択肢
の対から一方を選ぶときは優越するものをとることを規定する.このルール
は選択肢が3つ以上ある場合にも容易に拡張できる.
次に,ある属性の上で特定の値以上ならその選択肢は少なくともその属性
に関する限りは充分望ましい,合格であるという値を考えこれを規準値と呼
ぶことにする.いくつかの属性について規準値が決まっているときに,それ
らのすべてをみたす選択肢のみをとれというのが連言ルール(conjunctive
rule),ひとつでもみたす選択肢なら受け入れてよろしいというのが選言ルー
ル(disjunctive rule)である.
いま意思決定者にとってすべての属性が同様に大切なわけではないとしよ
う.属性の間に重要性の順序がつくとき,辞書編纂ルール(lexicographic rule),
あるいは単純に辞書的ルールと呼ぶ規則にしたがうなら,いちばん重要な属
性の上で選択肢を比較して,最も望ましいものをとる.もしそれで決着がつ
かないときは次に重要な属性で比較する.この手続きはついにひとつだけ選
択肢が勝ち残るか,あるいは属性がすべてつくされてしまうまで繰り返され
る.属性による排除ルール (elimination-by-aspects rule)は,既に述べた
トヴェルスキーの属性による排除モデル触発された規則で,ちょうど辞書的
ルールの裏返しのようになっているが,辞書的ルールとは違って規準値を設
定し,それをみたさないものをつぎつぎに排除していく.
以上の意思決定規則は非補償型のルールであった.これに対して,次に述
べるのは属性間の補償関係を許す補償型のルールである.典型的には,個々
の属性の良しあしが,ひとつの選択肢全体としての価値に統合されて後,は
じめて選択肢間の比較が行なわれる.
ふたつの選択肢を比べるのに,それぞれが相手より優れている属性の数を
数え上げるとする.勝率最大化ルール("maximizing number of attributes
with a greater attractiveness" rule)では優れている属性の多い方を選択
する.効用差加算ルール(addition of utility differences rule)では単に
優れている数を数えるのでなく,どの程度まさっているのかを計算にいれる.
属性毎にふたつの選択肢の望ましさの差の関数を考えて,この関数のすべて
の属性についての和で優劣を決める.
効用加算ルール(addition of utilities rule)は既に述べたように多属性
効用理論の標準的なルールであって,属性ごとの効用値の,重みつきの和に
よって選好順位を決めよというものである.
プロダクション・システム利用ルール(production-system-based
aggregation rule)はその適用に大きな仕掛を必要とするので,ここに述べた
ほかのルールとはやや様子が異なっている.ライコヴィッチらは属性効用値
のすべての組合せのひとつひとつについてプロダクション・ルール
(production rule)を用意して,意思決定者の特定の問題事態における選好を
プロダクション・システムで表現することを提案した(Rajkovic, et al.,
1987).ここでいうプロダクション・ルールとは例えば,「<もし>色がたい
へん望ましく,形がまあまあである<ならば>デザインは望ましい」という
ような,いわゆるIF−THEN型の記述である.属性値は望ましさの程度
を示す,「非常に望ましい」,「望ましい」,「まあまあである」,「望ま
しくない」などの言語表現であるとする.もちろん実用的に意味のあるほど
の複雑さをもった問題事態においては,こうした属性効用値の組合せの数は
膨大なものになって,ルールベースの構築はかなりの時間と労力を要するも
のになってしまう.そこでライコヴィッチらは,意思決定者から部分的に抽
出された効用関数に知識エンジニアリングの手法である帰納学習手続きを適
用することにより,意思決定者のルールベース構築作業を軽減する方法を提
案している.
モントゴメリの優越構造探索モデル(Montgomery, 1983)は,多数の意思決定規則の存在を,ひとつの基本的なルールと,そのルールが適用できない場合に意思決定者の問題事態の構造の認知を修正する,複数の優越構造化オペレータとでもいうべきもので説明する.モントゴメリによれば基本的なルールは優越性ルールであり,そのほかのルールは,他のすべての選択肢に優越するような選択肢が存在しないとき,認知された問題事態の構造のほうを優越性ルールの適用が可能な優越構造 (dominance structure)と呼ばれる構造に変換するオペレータである.
意思決定規則がその適用によって,ひとつ,そしてただひとつだけの選択
肢を選び取ることができるとき,その規則は完全適用であるという.完全適
用の可能性は意思決定規則の質の規準のひとつである.もうひとつ重要な質
の規準は正当化の容易性である.3番目に,意思決定者にとっての扱いやす
さも忘れてはならない規則の質の規準である.一般に補償型のルールは完全
適用の可能性が高いが,面倒な計算をともなったり,属性の間での補償関係
を考慮しなくてはならないので,意思決定者にとって扱いは難しい.またこ
の扱いの難しさと関連して,その正当性を説明するのも容易ではない.例え
ば,家をさがしている人がいくつかの住宅の中からひとつに決めたいとする.
それぞれの住宅は家賃や大きさや交通の便などの属性によって表現されてい
るとする.このとき家の大きさなら大きさというひとつの属性に関して,大
きいもの小さいものの望ましさの程度を比較することは容易で,その選好の
理由を他人に説明することもそれほど難しくはないはずである.しかし異な
る属性の間で望ましさの程度を比較することは必ずしも容易でない.バルコ
ニーの面積の望ましさの程度と,風呂場のつくりの良しあしをくらべること
を想像すれば,その困難さは理解できるであろう.
非補償型のルールは属性間の比較をしなくてすむし,面倒な計算も少ない.
従って扱いやすいし,正当化もしやすい.しかし完全適用の可能性は一般に
低いといわなければならない.優越性ルールはひとつの選択肢がすべての属
性において他の選択肢のまさっているか,すくなくとも同等に望ましいこと
を要求するので,そのような選択肢はひとつもみつからない可能性が大きい
し,選言ルールはひとつの属性においてでも規準値をみたしていれば合格に
してしまうので,そのような条件をみたす選択肢は沢山あってひとつに決ま
らない可能性が大きい.
そこでモントゴメリは次のような手続きを考えた.図2.3は彼のフロー
チャートをもとに再構成したものである.
(図2.3)
予備的編集の段階で選択事態を表現するとき意思決定者は属性の重要性を評
価することがわかっているが,このとき重要性の非常に低い属性はその後の処
理からはずされてしまうかも知れない.どの属性にどんな重要性を与えるべき
かを指示する意思決定規則については,いまのところあまりよくわかっていな
い.しかし一般に,すべての選択肢に適用できる属性はそうでないものより重
要視される傾向があるらしい.選択肢についても,全く望みのない候補はここ
で排除されてしまう.このスクリーニングの手続きに関わっているのは結合ル
ールと属性値による排除ルールであろう.
有望な選択肢の選出の段階は前の段階と対照的に,ただひとつの有望な選択
肢を選び出す.まだあらゆる側面から念入りな評価をすることはしないが,な
んらかの属性で望ましさが目につく選択肢は有望なので,辞書的ルールや選言
ルールがこの段階に関連しているであろう.また予備的編集段階の延長上に属
性値による排除ルールが使われる可能性もある.
優越性の検査に使われるのはもちろん優越性ルールである.有望な選択肢が
このテストに合格してしまえば,文句無しにその選択肢を採用することに決定
する.
しかし普通はそううまくはいかないので,4つの優越構造化 (dominance
structuring)の操作によって,優越する選択肢に次ぐ次善の策である優越構
造 (dominance structure)を探索することになる.優越構造とはひとつの有力
な選択肢が他のすべての選択肢に対して優越はしていないものの,優越性が崩
れるすべての点でなんらかの補償がおこなわれている状態をいう.
4つの操作は,「ぼかす」,「強調する」,「相殺する」,そして「平均す
る」と表現できる.ぼかすとは有望な選択肢の難点をぼかす意味で,例えばそ
の難点になっている属性が実はそれほど重要ではないのだとか,その難点は確
率的なもので実際に起きるかどうかわからないという議論で処理する.辞書的
ルールは比較的重要でない属性の影響をできる限り少なく抑える傾向があるの
で,この操作に対応している.
強調するというのは逆に,有望な選択肢のよいところを強調したり,対立候
補の難点を強調することである.長所の強調にはその属性の望ましさの値をお
おきくあげて選言ルールを適用したり,対立する選択肢の弱い属性の値を結合
ルールの規準値以下におとして排除するという,ルールの機能が考えられる.
家賃が低いが交通の便が悪い家と,家賃は高いが交通の便はよい家があると
する.このふたつの条件が勝率最大化ルールによってそれぞれ一勝一敗と数え
られるとそれぞれの長短は相殺されたことになる.この家賃の高い家がその上
に内装もなかなかよいということになると,それでこちらを選ぶことが決定的
になる.
2つ以上の属性の望ましさをなんらかの方法でひとつに統合することをここ
では平均するという.いくつかの属性の値が金銭的な値で表現し直せる場合は
この統合は容易である.補償型のルールはおおかれすくなかれ平均の操作をお
こなうといえよう.典型的なものは効用加算ルールである.
モントゴメリはこのような手続きを想定して意思決定とは優越選択肢を探索
することであり,真の優越選択肢が存在しない場合は,意思決定者は有力な選
択肢の難点が意思決定規則による操作で補償された状態を探し出そうとするの
だと考えた.こうした状態に到達したとき意思決定者は自分の決定を十分に正
当化できるものと納得するのである.この手続きは,同時に,意思決定のため
にいくつもの異なった選択規則が存在する理由を説明するというわけである.
URL=http://member.nifty.ne.jp/highway/dm/ b88-23.htm